ノーマライゼーションの弊害

1ヶ月近くもやもやとしていた『感情』が、少し『言葉』として表現できそうなので書いてみます。

「この生徒が小学校のうちに、ある程度のトレーニングを積んでいてくれれば…」
親の『挑戦』という名の現実逃避が、何年も経ってからその子の成長の妨げになっていくという、皮肉な結末をこれまで何件も見てきたのです。
2005-05-09 - 特殊学級から養護学校、そして特別支援学校

つまり、障害があり“特別な教育的配慮が必要な”子どもが通常の学級で生活すると、どんな弊害があるかということを指摘してみたいと思います。
私がこれまで関わってきた「通常の学級出身」の生徒たちに共通する問題点を挙げてみます。

課題に対して消極的である
小学校も高学年になると難しい課題が増え、障害がある子どもにとって『失敗経験』が増えてくるのは明白です。「できない…」「これもできない…」そうしているうちに「最初から何もしなければ失敗しないんだ」という“生活の知恵”を身につけるようです。
依存心が強い
普通学級は「じっとしていれば、誰かが手伝ってくれる。代わりにやってくれる」という環境です。「難しいことは誰かがやってくれるんだから、わざわざ自分でやらなくてもいいや」という“生活の知恵”を身につけるようです。

その他、まわりの人の反応に敏感な子、生活スキル*1が欠落している子などもいます。 クラスの“友だち”との関わり、担任教員の技量、教育に関わるソフト(教育課程)とハード(教材・施設)…ノーマライゼーションの「理想」と「現実」のギャップを指摘する意見もあります。
(参考http://blog.goo.ne.jp/kartoshka/e/13c9e775d131a37da23ae2f63346cbc7
ただし、ここに挙げた『弊害』はあくまで『私が関わってきた生徒たち』に現れていたものです。全ての障害児に当てはまるとは限りません。本人の障害種、行動の特徴、学級の環境、地域の環境、担任の技量、学校や教育委員会のサポート体制…。「通常の学級」と「特殊学級養護学校」の“どちらが良いか”という問題を論ずるには、考慮しなければならない要素がたくさんありますから、一概には言えません。
(参考拝啓 ゆきさま - S嬢のPC日記
しかし、障害があり“特別な教育的配慮が必要な”子どもを通常の学級に入れようとする保護者の全てが、リスクを把握し、メリットと勘案した上で判断しているのでしょうか?私の苛立ちの原因はそこにあるのです。

*1:箸の持ち方・ボタンのかけ方・紐の結び方など